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2006年3月18日 (土)

20世紀までの地球観

今日と明日にわたって、地球の見方がどう変化したことを書きます。
今回は、20世紀までの地球観についてです。
正確を期すならば、1972年にローマ・クラブから「成長の限界」が
発表される以前と以後で人類が地球に対する見方が変わりました。
地球は無限に水や食料、資源を提供できないということが多くの
人達に認識されたのです。

狩猟・採取時代、人類は自然の恵みにより水や食料を得ていました。
食料の多少により、人口が増減していました。
農業時代になると、水を引いたり、家畜を飼うことで以前より多くの
食料が獲得できるようになり、その分、人口は増加しました。
古代文明がいくつも勃興したり消滅したりしていましたが、地球全体
としてみると、人類の活動は現在と比べると微々たるものでした。
地球は無限に大きくて、必要となる水・食料・資源は無尽蔵であり、
ゴミなども自然の回復力でなんとかなっていました。
自然の恵み >> 人類の活動 という時代です。

産業革命により大量生産が可能となると、これまた人口が増えました。
また、生活水準がアップすることにより1人あたりのエネルギー消費量
が増加し、ダブルの要因で人類の活動は増大し、地球に与える負荷
も増えてきました。とはいえ、人口が10億人を超えたのは1800年頃
なので、現在(2006年)の65億人と比べると、まだまだ地球は広かった。
1950年頃でも25億人程度でした。
この頃の地球は、人口の増大に対して、井戸を掘れば水が出るし、
森を開拓すれば畑ができる。新たな油田や鉱山もどんどん発見され、
人類が必要となる水・食料・資源は必要なだけ獲得できました。
技術により、明るい未来が約束されていた幸福な時代といえましょう。
自然の恵み > 人類の活動 という時代です。

20世紀後半になると、人口が30億人、40億人と増え、世界各地で
公害が発生したり、せっかくの畑が塩害などでだいなしになったり、
砂漠化が進行していったりと、様々な問題が起こるようになりました。
1972年に、ローマ・クラブが「成長の限界」(環境問題の古典です)
を発表しました。当時の有識者が未来に対して警告を出したのです。
このあたりから、石油危機や食料問題、水問題を始めとする諸問題
が局地的な問題ではなくなります。
地球が人類に必要なだけの水や食料や資源を提供するにはもう
限界が来ていました。無限だと思えた地球が有限なものとして認識
されたのです。
自然の恵み ≧ 人類の活動 の時代になってしまった。
もしかしたら 自然の恵み < 人類の活動 となり、未来を先食い
している可能性があります。(このあたりは議論の余地があります)

1960年代以降の宇宙開発により、地球全体を宇宙から見た写真
や、人工衛星による地球の観測データが蓄積され始めました。
コンピュータの処理速度向上によるシミュレーションも活用できる
ようになりました。これらの技術を使って未来を予測するこができる
ようになったのは1990年代になった頃でした。
1992年、「限界を超えて」という形で「成長の限界」以降の20年間
のデータを集めて、シミュレーションを行った結果が発表されました。
1997年、京都にて京都議定書が採択されるまで、経済発展と環境
保護のバランスをどうすれば良いのか、多くの人達による議論が
繰り返されたのです。

橘みゆき  2006/03/18

●○● 追伸 ●○●
2100年頃の未来に、歴史家が21世紀を振り返った時、1997年に
合意された京都議定書の枠組みがせめて守られていたら、こんな
状況には至っていなかっただろう。と書かれないことを願うものです。
その願いがこのブログを書こうと思った原動力になっています。

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